我が家の裏に十坪ばかりの茶園がある。散歩していたら、大きな猫がいびきをかいて寝ている。吾輩が立っていると、大きい猫はまん丸い目を開いた・・
『しかし挨拶をしないと、けんのんだと思ったから「吾輩は猫である。名前はまだない」となるべく平気を装って冷然と答えた』・・
『彼は軽蔑せる調子で「なに、猫だ? 猫が聞いてあきれらあ。ぜんてえどこに住んでいるんだ」ずいぶん傍若無人だ。「吾輩はここの教師の家にいるのだ」「どうせそんなことだろうと思った。いやにやせてるじゃあねえか」』
吾輩と大きな黒の会話がつづくのだが、ネズミを捕った数を自慢する話や、イタチに屁をかまされた話をきいていたら吾輩は気分が悪くなり、家に帰った。・・この時から吾輩はネズミを捕るまいと決心した・・
「いったい、いつまでブログに登場させる気なのかね」猫は不機嫌そうだ。
「そういわずにもう少しここで付き合ってくれよ」私は猫の頭をなでながら言った。
「しょうもない。お前の虚栄心に協力するのはまっぴらだよ」猫は前足を顔より前にだし、お尻を大きく上げて背伸びした。それから歩き始めた。
この前、車屋の黒に出会ったら足に傷を負い、毛の色も悪く、やせていた。魚屋の天秤棒で殴られたようだ。
『ちょっと読者に断わっておきたいが、元来人間がなんぞというと猫々と、こともなげに軽侮の口調をもって吾輩を評価する癖があるははなはだよくない。人間の糟から牛と馬ができて、牛と馬の糞から猫が製造されたごとく考えるのは、自分の無知に心づかんで高慢な顔をする教師などにはありがちのことでもあろうが、はたから見てあまりみっともいいものじゃない』・・
人間の目はただ向上とかなんとか言って、空ばかり見ているから、それぞれの物事には違いがあることすら、わからないのは気の毒なことだ・・
「また、なんたらブログに吾輩を登場さすのか? おまえはしつこいよ。いったいこのなんたらブログってのはなんなんだい。日露戦争のころにはなかったぞ」彼は機嫌が悪い。
「でも、電話はあったでしょう」私も訳の分からないことを言った。
「あったが使ったことはない」猫は投げやりな返事をした。
主人が機嫌の悪い時に、ひざの上に乗ると大変な目に合わされる。書斎の縁側へ上がって障子の隙間から見た。主人は日記帳を出して次のように書きつけた。
『寒月と、根津、上野、池の端、神田へんを散歩。池の端の待合の前で芸者が裾模様の春着を着て羽根をついていた。衣装は美しいが顔はすこぶるまずい。なんとなくうちの猫に似ていた。
何も顔のまずい例に特に吾輩を出さなくてもよいものだ。吾輩だって喜多床へ行って顔さえ剃ってもらやあ、そんなに人間と違ったところはありゃしない。人間はこううぬぼれているから困る』
また後日、つづきを書くことにしよう。

