ネットにたびたび登場する猫たちの気持ちはどうなのかと思い、有名な猫に聞いてみることにしました。
夏目漱石の「吾輩は猫である」に登場する猫です。
小説の猫が飼われるところから・・『主人は鼻の下の黒い毛をひねりながら吾輩の顔をしばらくながめておったやがてそんなら内へおいてやれと言ったまま奥へはいってしまった。
主人はあまり口をきかぬ人とみえた。下女はくやしそうに吾輩を台所へほうり出した。かくして吾輩はついにこの家を自分の住み家ときめることにしたのである』・・このあたりからの猫の考え方や観察力を参考にしようと思います。
漱石さんは最後には私を死なせてしまったけど、小説の区切りをつけるためには仕方ないんだろうね。
でも、ビールを飲んでカメに落ちて溺れ死ぬなんて、ひどすぎるよね。せめて、布団の上で息を引き取るぐらいにしてほしかったなあ。まあ、吾輩のことを思ってくれる者もいるからヨシとしよう。
『吾輩は人間と同居して彼らを観察すればするほど、彼らはわがままなものだと断言せざるをえないようになった。ことに吾輩が時々同衾する子供のごときに至っては言語道断である』
そりゃ、逆さにされたり、頭に袋をかぶされたり、ほうり出されたりすれば頭にくるよね。
ある日、白君は子猫が4匹生まれたのに、書生に捨てられてしまった。『それ故、人間を勦滅しなければならない』などと言っている。
『白君は軍人の家におり三毛君は代言の主人をもっている、吾輩は教師の家に住んでいるだけ、こんなことに関すると両君よりもむしろ楽天である。ただその日その日がどうにかこうにか送られればよい。いくら人間だって、そういつまでも栄えることもあるまい。まあ気を長く猫の時節を待つがよかろう』
『・・しかし車屋の黒は、体が大きいだけで無知なくせに・・そう言えば、あいつはイタチに屁をかまされたと言っていたな』
猫君もいろいろ考えて生活しているんだなぁ。
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