2015年12月22日火曜日

ヌルデ







ヌルデの実です。
 
山歩きの好きな知人にヌルデの実をもらいました。
実の周りに少しばかり白い粉が付着しています。これを舐めてみろというので、舐めると、塩味です。噛んでみると、いい味がします。

ヌルデの葉にはヌルデシロアブラムシが寄生して大きな塊をつくっています。

この塊の中にはアブラムシがたくさん詰まっていて、白髪染めの原料や昔のお歯黒に使っていたそうです。

山歩きで疲れたら塩味で元気になると言っていました。

でも、ネットで調べてみたら、塩味の白い結晶は塩ではなく、リンゴ酸カルシュウムでした。

(写真上)ヌルデの実
(写真下)ヌルデの木





2015年12月6日日曜日

竹取物語は誰が書いたのだろうか?


竹取物語の作者

 

「竹取物語」は作者不詳ですが、いったいだれが書いたのでしょうか?

この物語は、かぐや姫が五人の男に求婚されます。しかし、かぐや姫は男たちに無理難題を吹っかけ、これを結婚の条件としました。五人は、石作皇子、車持皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂です。二人の皇子はだれかわかりませんが、あとの三人は歴史上実在しています。


そして、この権力者たちは姑息な手段で、かぐや姫に取り入ろうとして、大きな恥をかかされてしまいます。そのうえ、かぐや姫は天皇の呼び出しにも応じないのです。作者はよほど権力者に恨みや反感を持った男でしょう。

この物語は、最初は漢文で書かれ、後に平仮名で書かれたようです。物語の最後には富士山の噴火が登場しています。富士山の噴火は平安時代の800年から1083年までの間に何回も噴火したことが記録されています。

これらから、「竹取物語」は九世紀の終わりに書かれたのでしょうか。作者は上流階級の人物で、高い知識と教養を備え、しかも朝廷に反感をもった者でしょう。そうすると菅原道真が書いたのではないかと思いますが、確信はありません(笑)

吾輩の最後


吾輩は猫である。

吾輩は人間の話をきいていて人間は不思議なものだと思った。

『要するに主人も寒月も迷亭も太平の逸民で、彼らはへちまのごとく風に吹かれて超然とすましきっているようなものの、その実はやはり娑婆気もあり欲気もある。競争の念、勝とう勝とうの心は彼らが日常の談笑中にもちらちらとほのめいて、一歩進めば彼らが平常罵倒している俗骨どもと一つ穴の動物になるのは猫より見て気の毒の至りである。ただその言語動作が普通の半可通のごとく、紋切り型のいやみを帯びてないのはいささかのとりえであろう』・・こう考えると三人の談話がおもしろくなったが、三毛子の様子を見てこようと出かけることにした。

『三毛子は死ぬ、黒は相手にならず、いささか寂寞の感はあるが、幸い人間に知己ができたのでさほど退屈とも思わね』―中略―『主人は主人、吾輩は吾輩で、相互の見解が自然異なるのはいたし方もあるまい。吾輩はどこまでも人間になりすましているのだかあら、交際をせぬ猫の動作は、どうしてもちょいと筆に上がりにくい。迷亭、寒月諸先生の評判だけで御免こうむることにいたそう』・・我が家にくる野良猫は私を観察しているように思える・・

『元来ここの主人は博士とか大学教授とかいうと非常に恐縮する男であるが、妙なことには実業界に対する尊敬の度は極めて低い』―中略―『いくら先方が勢力家でも、財産家でも、自分が世話になる見込みのないと思いきった人の利害にはきわめて無頓着である。それだから学者社会を除いて他の方面のことにはきわめてうかつで、ことに実業界などでは、どこに、だれが何をしているかいっこう知らん。知っても尊敬畏服の念はごうも起こらんのである』・・金持ちの金田鼻子がきても主人はお構いなし、気にもかけない・・

吾輩は金田の家に忍び込んだ。こういうことは猫にしかできないことだ・・

『しかし猫の悲しさは力ずくではとうてい人間にはかなわない。強制は権利なりとの格言さえあるこの浮世に存在する以上は、いかにこっちに道理があっても猫の議論は通らない。無理に通そうとすると車屋の黒のごとく不意にさかな屋の天秤棒をくらう恐れがある』

・・といえども権力に対して立ち向かう吾輩は立派なものだろう。

「吾輩はもうそろそろ登場をやめて、明治時代に帰るとしよう」猫は毛をなめながら私に言う。私も優柔不断ではおられない。決めよう。

「よし、わかった。ではこうしよう、お前が死ぬ場面にとぶから、もう1回だけ付き合ってくれ」猫も平成時代では暮らしにくいようだ。帰ると言うのもやむを得ない。

「じゃ吾輩は死んで明治時代に帰るのか。そんな薄情なことを・・」猫は悲しげな眼をしたが他に方法はない。

「主人や寒月君などの登場人物はどうなるのか」と猫が訊く。

「もともと平成時代にきていないんだよ。あんたの頭の中で動いていただけさ」

吾輩はビールを飲み、カメに落ちもがいてみたが、溺れて死んでいく。


『・・諸先生の説に従えば人間の運命は自殺に帰するそうだ。ゆだんをすると猫もそんな窮屈な世に生まれなくてはならなくなる。恐るべきことだ。・・次第に楽になってくる・・水の中にいるのだか、座敷の上にいるのだか、判然しない。どこにどうしていてもさしつかえはない。ただ楽である。否楽そのものすら感じない。日月を切り落とし、天地を粉韲して不可思議の太平に入る。吾輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。太平は死ななければ得られぬ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい』

2015年12月3日木曜日

夏目漱石「吾輩は猫である」より(その3)


吾輩は猫である。

吾輩もいろいろと失敗したり、気が滅入ったりすることがある。

『いっそのこと気をかえて新道の二弦琴のお師匠さん所の三毛子でも訪問しようと台所から裏へ出た。三毛子はこの近辺で有名な美貌家である。吾輩は猫には相違ないが物の情けは一通り心得ている・・この異性の朋友のもとを訪問していろいろな話をする。すると、いつのまにか心がせいせいして今までの心配も苦労も何もかも忘れて、生まれ変わったような心持になる。女性の影響というものはじつに莫大なものだ』

・・三毛子はおしゃれして赤い首輪をつけ鈴を鳴らしている。三毛子は吾輩を先生先生と呼んでくれる。吾輩が教師の家に住んでいるからだ。

・・吾輩は人間の話をきいていて人間は不思議なものだと思った。

『要するに主人も寒月も迷亭も太平の逸民で、彼らはへちまのごとく風に吹かれて超然とすましきっているようなものの、その実はやはり娑婆気もあり欲気もある。競争の念、勝とう勝とうの心は彼らが日常の談笑中にもちらちらとほのめいて、一歩進めば彼らが平常罵倒している俗骨どもと一つ穴の動物になるのは猫より見て気の毒の至りである。ただその言語動作が普通の半可通のごとく、紋切り型のいやみを帯びてないのはいささかのとりえであろう』

・・こう考えると三人の談話がおもしろくなったが、三毛子の様子を見てこようと出かけることにした。・・しかし、その後、三毛子は死んでいくのだった。

『三毛子は死ぬ、黒は相手にならず、いささか寂寞の感はあるが、幸い人間に知己ができたのでさほど退屈とも思わね』―中略―『主人は主人、吾輩は吾輩で、相互の見解が自然異なるのはいたし方もあるまい。吾輩はどこまでも人間になりすましているのだかあら、交際をせぬ猫の動作は、どうしてもちょいと筆に上がりにくい。迷亭、寒月諸先生の評判だけで御免こうむることにいたそう』

・・我が家にくる野良猫は私を観察しているように思える・・